No. 01
A Reader — 60s
父の本棚を
畳む、その前に。
亡くなった父の蔵書三百冊。捨てる前にと持ち込まれた中に、絶版の詩集が一冊。査定よりも「これは残したい」と、結局ご自身が買い戻していかれました。
— 蔵書整理のご相談より
絶版の文芸書、古い写真集、無名の版画。値打ちで選ぶのではなく、「誰かの夜に灯がともるか」で選んでいます。西新井の路地裏、八坪の灯火(とうか)へ。
新刊書店が「いま」を売る場所なら、
古書店は 時間 を預かる場所です。
誰かの手を離れた一冊が、
次の読み手に届くまでの、ほんの宿り木。
店の半分は本棚、半分は四席だけの喫茶。買った本を、その場で読み終えてから帰る人がいます。深煎りの一杯と、めくる音だけが残る午後。急かす店ではありません。
亡くなった父の蔵書三百冊。捨てる前にと持ち込まれた中に、絶版の詩集が一冊。査定よりも「これは残したい」と、結局ご自身が買い戻していかれました。
まだ個展の経験がない銅版画家さん。月替わりの企画展で初めて壁一面を任せたところ、近所の常連が三点を連れて帰りました。次の展示が、もう決まっています。
「青っぽい表紙で、海の話だった気がする」── それだけを頼りに探した一冊。三週間後、入荷の連絡を受けて取りに来たとき、声を上げて笑っていました。
買わなくても、読まなくても構いません。
本の匂いがする部屋に、ただ寄っていただくだけで。